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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)5966号 判決

原告 星野建設株式会社

右代表者代表取締役 星野勝治郎

被告 鈴木博恭

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 宮下秀利

被告 芳賀政子

主文

被告芳賀政子は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを明渡し、かつ昭和四七年四月一日から右明渡しずみに至るまで一ヶ月金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

原告の被告鈴木博恭、同佐藤スミ、及び同福田豊子に対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告に生じた分については、これを四分してその一を被告芳賀政子の負担とし、その余を原告の負担とし、被告芳賀政子に生じた分については全部右被告の負担とし、被告鈴木博恭、同佐藤スミ及び同福田豊子にそれぞれ生じた分についてはいずれも原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告鈴木博恭は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)のうち一階部分三三・一一平方メートルを明渡し、かつ昭和四七年四月一日から右明渡しずみに至るまで一ヶ月金四万円の割合による金員を支払え。

(二)  被告佐藤スミは、原告に対し、本件建物のうち二階部分三四・二六平方メートルを明渡し、かつ昭和四七年四月一日から右明渡しずみに至るまで一ヶ月金三万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(三)  被告福田豊子は、原告に対し、本件建物のうち三階部分三四・二六平方メートルを明渡し、かつ昭和四七年四月一日から右明渡しずみに至るまで一ヶ月金三万円の割合による金員を支払え。

(四)  被告芳賀政子は、原告に対し、本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを明渡し、かつ昭和四七年四月一日から右明渡しずみに至るまで一ヶ月金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(五)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決、並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

「原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

(一)  本件建物は、昭和三八年八月当時訴外三新商事株式会社(以下「三新商事」という)の所有に属していたところ、同年同月二日訴外全国信用金庫連合会は三新商事に対し金一〇〇〇万円を最終弁済期同四一年八月九日、利息日歩二銭五厘、遅延損害金日歩四銭の約定で貸付けて、右貸金債権の担保として三新商事から本件建物につき抵当権の設定を受け、昭和三八年八月一三日本件建物につき右抵当権設定登記が経由された。

(二)  ところが、その後三新商事が右貸金債権を支払わなかったので、昭和四五年一二月頃全国信用金庫連合会は、東京地方裁判所に対し、右抵当権の実行として本件建物について任意競売の申立てをしたところ、右申立に対し、同年同月二三日右裁判所は本件建物につき競売手続開始決定をなし、同年同月二四日任意競売申立の登記を了した。そして、その後右裁判所において右競売手続を進めたところ、原告が本件建物を競落したので、昭和四七年二月四日に右裁判所は右競落許可決定を云渡し、これが確定したため、原告は同年三月二二日に右競落代金を納付したので、右同日本件建物の所有権は原告に移転し、ついで同年四月一日本件建物につき右所有権移転登記が経由された。かくして、原告は現に本件建物を所有しているものである。

(三)  ところが、被告鈴木博恭は本件建物のうち一階部分三三・一一平方メートルを、被告佐藤スミは本件建物のうち二階部分三四・二六平方メートルを、被告福田豊子は本件建物のうち三階部分三四・二六平方メートルを、被告芳賀政子は本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを、それぞれ、昭和四七年四月一日以前から何らの使用権原を有しなく不法に占有し、これにより原告に対し右占有部分にかかる賃料相当額の損害(一ヶ月当り、右一階部分につき金四万円、右二階部分につき金三万五〇〇〇円、右三階部分につき金三万円、右四階部分につき金五〇〇〇円)を与えている。

(四)  よって、原告は、被告らに対し、それぞれ、所有権に基づいて本件建物のうち被告らの右各占有部分の明渡し、及び昭和四七年四月一日から右各明渡しずみに至るまで一ヶ月右各金額の割合による右各賃料相当額の損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

(一)  被告鈴木博恭、同佐藤スミ、及び同福田豊子

1 請求の原因(一)のうち、昭和三八年八月当時本件建物が三新商事の所有に属していたことは認めるが、その余の事実は不知。

2 請求の原因(二)のうち、原告がその主張の競売手続において本件建物を競落したことは認めるが、その余の事実は不知。

3 請求の原因(三)のうち、被告鈴木博恭が本件建物のうち一階部分三三・一一平方メートルを、被告佐藤スミが本件建物のうち二階部分三四・二六平方メートルを、被告福田豊子が本件建物のうち三階部分三四・二六平方メートルを、それぞれ昭和四七年四月一日以前から占有していたことは認めるが、右被告らの占有が不法占有であってこれにより原告にその主張の損害を与えていることは否認する。

4 請求の原因(四)は争う。

(二)  被告芳賀政子

1 請求の原因(一)、(二)のうち、昭和三八年八月当時本件建物が三新商事の所有に属していたことは認めるが、その余の事実は不知。

2 請求の原因(三)のうち、被告芳賀政子が本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを昭和四七年四月一日以前から占有していることは認めるが、右被告の右占有が不法占有であって、これにより原告に対しその主張の損害を与えていることは否認する。

3 請求の原因(四)は争う。

三  被告らの抗弁

(一)  被告鈴木博恭、同佐藤スミ、及び同福田豊子

仮に請求の原因(一)、(二)記載の経緯があって原告がその主張のとおり本件建物の所有権の移転を受けたとしても、

右被告らは、それぞれ、昭和三七年一二月一日に当時の本件建物の所有者であった三新商事から本件建物のうち原告主張の右被告ら各占有部分を賃借して、その引渡しを受け、じ来右債権に基づき本件建物のうち右被告らの右各占有部分を占有しているものである。そうすると、右被告らの右賃借引渡を受けたのは、原告主張のとおり全国信用金庫連合会が本件建物につき抵当権の設定を受ける以前であるから、右被告らは、いずれも、その後右抵当権の実行に基づく競売により本件建物の所有権の移転を受けた原告に対し右各賃借権をもって対抗できる。してみれば、右被告らは、いずれも本件建物の右被告ら各占有部分を占有できる正権原を有する。

(二)  被告芳賀政子

仮に請求の原因(一)、(二)記載の経緯があって、原告がその主張のとおり本件建物の所有権の移転を受けたとしても、

訴外高橋初義は、昭和三八年六月七日に当時の本件建物の所有者であった三新商事から本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡ができる旨の特約で賃借してその引渡しを受けたが、その後芳賀政子は、昭和四三年一二月に右高橋から右賃借権の譲渡を受けて右賃借部分に入居し、その際右当時の本件建物の所有者であった三新商事から念のため右賃借権の譲渡に対する承諾を得て、じ来右賃借権に基づき本件建物のうち原告主張の右被告占有部分を占有しているものである。そうすると、右被告は、その後原告主張の抵当権の実行に基づく競売により本件建物の所有権の移転を受けた原告に対し右賃借権をもって対抗できる。してみれば、右被告は本件建物のうち右被告占有部分を占有できる正権原を有する。

四  抗弁に対する原告の認否

被告ら主張の各抗弁のうち、昭和四三年一二月当時の本件建物の所有者が三新商事であったことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求の原因(一)、(二)記載の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。(但し、昭和三八年八月当時本件建物が三新商事の所有に属していたことは原告と被告らとの間に争いがなく、原告がその主張の競売手続において本件建物を競落したことは原告と被告鈴木博恭、同佐藤スミ、同福田豊子との間には争いがない)

右認定事実によれば、原告が昭和四七年三月二二日競売代金を納付したことにより右同日競売に基づき、本件建物の所有権はその前所有者の三新商事から原告に移転しじ来原告が本件建物を所有しているものといわなければならない。

二  ところで、被告らがそれぞれ請求の原因(三)記載の本件建物のうち被告ら各占有部分を昭和四七年四月一日以前から占有していることは当事者間に争いがない。

三  そこで、被告ら主張の各抗弁について検討する。

(一)  被告鈴木博恭、同佐藤スミ、及び同福田豊子について

1  《証拠省略》によれば、右被告ら三名はそれぞれ、昭和三七年一二月一日、当時の本件建物の所有者であった三新商事から本件建物のうち原告主張の右被告ら各占有部分を期間を昭和四〇年一一月三〇日までと定めて、賃借(被告鈴木博恭は飲食店経営の都合上みずから妻の鈴木ゆき名義をもって賃借)して、右の頃右各賃借部分の引渡しを受け、その後右期間満了により更新せられ、その際期間は昭和五〇年一一月三〇日と定められたが、右期間満了によりさらに更新せられたことが認められる。

2  《証拠省略》によれば、東京地方裁判所職務代行者の熊谷秀雄が同裁判所昭和四五年(ケ)第一〇九四号競売事件について本件建物の賃貸借の取調べをなすため、昭和四六年一月二九日頃本件建物に出向いて、その際居合せた被告鈴木博恭及び同福田豊子から右被告両名及び被告佐藤スミが本件建物のうち右被告ら三名各占有部分を賃借して入居した日を聴取したところ、被告鈴木博恭は右熊谷に対し右被告ら三名の右賃借入居日は昭和三八年一二月一日である旨答え、被告福田豊子も格別右回答に異存がない様子であったので、右熊谷は、早速右の聴取した事柄を賃貸借取調報告書に記載してこれを右裁判所に提出したことが認められる。しかし、《証拠省略》によれば、被告鈴木博恭は突然右熊谷秀雄が右取調べにきたため、賃貸借契約書等を調査して確認するいとまがなかったので、その際の単なる記憶に基づき右のとおり回答したが、これは記憶違いであったこと、その際右熊谷が右被告に賃貸借契約書があるかたずねたところ、当時右被告らは本件建物を各自の商売のための営業の場所として使用し、その住居は本件建物より遠く離れた別の所に持っておって、そこに賃貸借契約書等の書類を保管していたので、被告鈴木博恭及び同福田豊子は右熊谷に右の事情を打明けたこと、そこで、同人は、止むを得ず右賃貸借契約書をみて、右回答が正しいか否かを確認しなかったために、被告鈴木博恭の前記記憶違いの回答に基づき前記報告をなすに至ったことが認められるので、前記認定の賃貸借取調報告書に前記記載があること等をもって、前記1の認定を覆すことはできず、他に前記1の認定を覆すに足りる証拠はない。

3  前記1に認定の事実によれば、被告鈴木博恭、同佐藤スミ、及び同福田豊子はいずれも、本件建物のうち原告主張の右被告ら三名各占有部分につき賃借権を有し、これを原告に対抗できるものといわなければならない。してみれば、右被告ら三名はいずれも本件建物のうち原告主張の右被告ら三名各占有部分を占有できる正権原を有するものであり、従って、右被告ら三名の右各占有が不法占有であることは認められない。そうすると、じ余の点につき判断するまでもなく原告の右被告ら三名に対する各請求はいずれも理由がない。

(二)  被告芳賀政子について

1  《証拠省略》によれば、高橋初義は、昭和三八年六月七日に当時の本件建物の所有者であった三新商事から本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを賃借してその引渡しを受けたが、その後被告芳賀政子は昭和四三年一二月に右高橋から右賃借権の譲渡を受けて右賃借部分に入居し、その頃本件建物の所有者の三新商事から右賃借権の譲渡に対し承諾を得たことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。被告芳賀政子は、右高橋が三新商事から右賃借の際賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡ができる旨の特約がなされた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  ところで、不動産の賃借権の譲渡の承諾は、あらたに不動産の賃貸借をなすものではないが、右承諾がなければ、右賃借権の譲受人は右不動産の所有者に対し右賃借権を主張できないし、譲受人の資力次第によって賃料徴収債権の価値にも影響があるものであるから、あらたに賃貸借をなしたと同視される不動産の処分行為にあたるものというべきであるので、不動産について抵当権が設定せられてその登記が経由されたのちに右不動産の所有者によって賃借権(但し短期賃貸借契約によるものを除く)の譲渡の承諾がなされても右譲受人はこれをもって、右抵当権者ひいてはその実行による競売に基づき右不動産の所有権を取得した者に対し対抗できないものと解するを相当とする。そこで、右の見地に立脚して本件をみるに、前記一及び三の(二)の1に判示の事実によれば、高橋初義が三新商事から本件不動産のうち四階部分を賃借してその引渡しを受けた日(昭和三八年六月七日)は、全国信用金庫連合会が本件不動産につき前記抵当権の設定を受けてその登記をなした日(昭和三八年八月一三日)より前ではあるが、被告芳賀政子が右賃借権(短期賃貸借契約によるものでない)の譲渡を受けて三新商事の承諾を得た日(昭和四三年一二月頃)は右抵当権設定登記の日よりあとであることは明らかであるから、右被告は右賃借権の譲受けをもって、右抵当権者ひいてはその実行による競売に基づき本件不動産の所有権を取得してその登記を経由した原告に対し右登記後は対抗できないものといわなければならない。

3  そうすると、被告芳賀政子は原告が本件建物につき前記所有権移転登記を経由した昭和四七年四月一日以降は本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを占有できる正権原を有しないものであるから、同日以降本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを不法に占有しているものといわなければならない。

4  してみれば、右被告は、本件建物の所有者である原告に対し、本件建物のうち四階部分二五・五五平方メートルを明渡し、かつ昭和四七年四月一日から右明渡しずみに至るまで、《証拠省略》により推認できる本件建物の右部分にかかる一ヶ月金五〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金を支払う義務があるものといわなければならない。

四  よって、原告の被告鈴木博恭、同佐藤スミ、及び同福田豊子に対する各請求はいずれも理由がないからこれを棄却して、原告の被告芳賀政子に対する請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、なお原告の被告芳賀政子に対する仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記)

〈以下省略〉

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